化粧品研究者が語る界面活性剤と乳化のはなし【第20回】

みんな大好き? αゲル

 昔から化粧品によく配合される成分のひとつに、高級アルコールがあります。この「高級」は品質が良いとか、そういうことではなく、分子量が大きいことを意味していて、一般的には炭素数が6以上でヒドロキシル基(-OH)を含むアルコールのことを言います。現在はパーム油など植物由来のものを原料として作られていますが、この油脂は皮膚や毛髪に潤いをもたらすエモリエント効果を示すこともあって、スキンケア・ヘアケアからメイクアップ化粧品まで幅広いアイテムに配合されています。

 この高級アルコールを添加すると、水の中に油が分散したW/O型のエマルションが安定になることは昔から知られていました。そして、この匠の技に科学の光を当てたのが(株)資生堂の福島氏&山口氏の研究グループだったのです。彼らは炭素数が16の1-ヘキサデカノールとオレイルアルコールにエチレンオキサイドを15モル付加したノニオン界面活性剤によって安定化されたエマルションに、炭素数18の1-オクタデカノールを適当な比率でブレンドすると、長期保存安定性が飛躍的に高まることを見出したのでした[1-2]。

 それでは、この高級アルコールによるエマルションの安定化はどのようなメカニズムで起こったのでしょうか?彼らはX線回折、小角X線散乱、電子顕微鏡観察を駆使してこれらのエマルションの内部構造を分子レベルで解析することに成功しました。高級アルコールや界面活性剤と高級アルコールの混合物はさまざまな組織構造を構築します。そして、同じような層状の構造物の場合でも、その物理的な状態は少しずつ異なっていて、それがエマルションの安定性や化粧料としての効果に影響を及ぼすことが知られているのです。まず、ラメラ液晶は界面活性剤と高級アルコールの分子が水となじみやすい親水基を外側に向けて配列した二分子膜が流動性を持つ液体状態、αゲル(六方晶)は固体でありながら水和状態を取ることで、二分子膜平面内でアルキル鎖が回転できる状態、β結晶(斜方晶)は部分的な分子の結晶化によって六方晶がつぶれた充填型をとっています。いずれも層状のラメラ構造ではありますが、資生堂のグループが調製したエマルションは、αゲルと呼ばれる結晶状態であることが明らかになりました。さらに系統的な検討によって、この結晶構造は高級アルコール3分子に対してノニオン界面活性剤1分子が六角形に並んだ規則的な配列をしていることも提案されたのでした[3]。

 (株)資生堂では、この白色・高粘性でなめらかな製剤をクリームやヘアコンディショナーに応用するとともに、さまざまな界面活性剤からなる系でαゲルを調製する技術を開発することで、その可能性を広げてきました。例えば渡辺らはスキンケア・ヘアケアからクレンジングまで幅広い化粧品に配合されるアニオン界面活性剤ステアロイルメチルタウリンナトリウムと、炭素数22の高級アルコールであるべへニルアルコールおよび水からなる混合系では水の濃度が20~85%の広い範囲で安定なαゲルが生成するとともに、水の濃度の増加とともにラメラ構造の相関距離が8nmから30nmに広がることを見つけました。さらに、αゲルに含まれている水の状態を核磁気共鳴分光法を用いて特定した自己拡散係数に基づいて解析し、水の濃度が85%を超えると自己拡散係数が小さくてゆっくりと運動する水分子に加えて、自己拡散係数が大きく速い速度で運動する水分子が存在することを示したのです。このゆっくり運動する水分子は界面活性剤や高級アルコールの親水基間に可溶化された水であるのに対して、速く運動する水は α 型水和結晶のネットワーク中に保持されたいわゆる自由水であると結論付けられ、αゲルの内部構造が分子レベルで明らかになったのでした。また、水をはじく撥水性が高く、毛髪になめらかな潤滑性を付与するシリコーン系の界面活性剤を使ってαゲルを調製することにも成功しています[5]。宇山らはアルキルカルボン酸によって修飾されたカルボキシデシルトリシロキサンと高級アルコールと水の混合系では広い範囲でαゲルが生成することを発見し、αゲルの新たな可能性を示したのでした。

 

 

 

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