化粧品研究者が語る界面活性剤と乳化のはなし【第13回】

細かい油滴がいつの間にか巨大化するのはなぜ?合一のメカニズムとその理論

 クリーミングによって軽い油滴が浮き上がり、引力によって凝集し、そのあと起こるのが「合一」です。2つの液滴が密に接触していると、いつしかその間を隔てていた薄い膜が破けて、ひとつの液滴になる・・・。界面化学の教科書を見ると、「細かい液滴がたくさん分散している状態は、水と油の接触によって発生する界面エネルギーによって系のエネルギーが高く、不安定な状態なので、それを解消するために合一が起こる」みたいなことが書いてあるのですが、この説明、会社にいた頃の私には、なんだか腑に落ちないものでした。

 その頃、私は毎日毎日、エマルションを作っては皮膚に塗ったり、顕微鏡で覗いたり、色んな評価をしていたのですが、同じようなエマルションでも1日で合一が進んで分離してしまうものもあれば、何年も何年ももつものもあって、その違いはこの教科書に書いてあるような水と油が接することによって発生するエネルギーだけでは説明できないように思われました。油水界面の界面エネルギーを測ってみると、ほとんどの処方は、界面活性剤の効果で十分に低く安定な状態に保たれていました。にもかかわらず、あっという間に合一して、肉眼で見える大きな油滴が浮かんでくるものがあったりする・・・。なんだかもやもやしてよく分からなかったのです。

 そんな時、ある論文に出会いました。それはスウエーデンの名門、ルント大学の研究者によって書かれた論文で、Langmuirという界面化学の専門誌に1996年に掲載されていました1)。彼らは水と油と界面活性剤を混ぜた時、どんなタイプのエマルションができるのか、それがどの程度安定なのかを理解するためには、単純な界面エネルギーだけでなく、「曲率弾性エネルギー」という力学的な概念と導入する必要がある、という提案をしたのです。

 2つの液滴が接触、変形して接触面ができると、小さな孔が生成します。この孔はある程度の大きさよりも小さい時には熱ゆらぎによって自然にふさがるのですが、あるサイズを超えると元に戻れなくなり、かといって液滴同志が細孔でつながった状態は不自然極まりない状態なので、これを解消するために細孔が広がって合一が起こります(図)。

 この時、界面活性剤が吸着した界面膜が厚くて硬く、しっかりしていると膜を曲げるのに必要な曲率弾性エネルギーが大きくなり、いわゆる障壁となるために、合一のきっかけとなる細孔ができにくいのですが、ふにゃふにゃで柔らかいとすぐに細孔が広がってあっという間に合一が進行する、ということで「ホール核形成理論」と名づけられました。

 この理論、私にはすごくしっくと納得できました。もちろん、油水界面の界面エネルギーによって細かい液滴がたくさん存在する状態よりも、大きな液滴が一つだけ分散している時の方が系のエネルギーが低いことは合一が起こるためには必ず必要なことであることには変わらないのですが、この条件が満たされた上で、一晩で合一するエマルションと何年ももつものの違いを説明するためには、界面の固さ・厚さと変形のしにくさに着目したこのモデルは、現実に起こっている現象を説明することのできるリーズナブルなものに思われたのです。

 その後、この理論を実証する実験が行われ、当時は予想もされていなかった現象が見いだされました。液滴の合一がいつ、どこで起こるのかは予測が難しいので、2次元のプレート上にミクロンオーダーの流路を刻んだ「マイクロ流体デバイス」を用いて、流れ場において2つの液滴が衝突した時に起こる現象を高速カメラで観察する実験が行われたのです2)。その結果、合一は液滴同志が衝突した時ではなく、分離のプロセスで起こることが明らかになりました。分離の瞬間に、液滴の接触領域にホールが生成しやすくなるというのです。また、液滴の合一が伝播していく様子を観察することで、水の中に油滴が分散したO/W型エマルションから油の中に水滴が分散したW/O型エマルションに相転移する様子を解析することができることが提案されています3)
 

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