製造業に令和のゴールドラッシュが静かに始まっている【第6回】

第6話:現場は「みんなのワールド」へ

── ゴールドラッシュの鉱脈は空間に積もる英知だった

プロローグ:図面からの解放

紙媒体を含めると、私たちはこれまでずっと設計図書と図面とにらめっこをしてきた。

2次元の図面であれ、高機能な3D CADであれ、一部の専門家が抽象化された言語や図式に向き合い、関係者間の意図のズレを埋めるために、属人的で膨大な労力を割いてきた。 「ここに配管を通すと、バルブへのアクセスが確保できない」 「この設計意図が、現場の施工者に伝わっていない」 情報を整合させるための調整は、時に多くの関係者に手戻りを強いることにもなる。

「このサービスは設計圧上昇に伴い、配管レーティングが変わります。仕切弁がシングルからダブルになります。」

材料の拾い直しだけでなく、荷重計算も応力計算も何もかもやり直しさせることになる。この調整作業は、自責の念に苛まれ、常に息苦しさを伴う苦行だった。「当たり前を、当たり前に正しくやることの難しさ」は今なお、私の信条として息づいている。

私たちが「デジタルツイン」に求めているのは、この業務スタイルの延長ではない。より精巧なコピーをモニターに映し出し、デスクトップにリアリティを持ち込みたいわけではないのだ。 私たちが本当に求めているのは、その苦役からの解放である。

石を避ける努力か、石を消す視点か

「工場を丸ごとスキャンして、デジタルのコピーを作りました」
 「これでいつでもどこからでも設備装置を確認できます」

モニターに描画された、全体を見渡せるプラントのデジタルレプリカ。それを目にした私は心躍りつつも、担当者の言葉に若干の懸念を抱く。確かに網羅的に記録されリアルに再現できている。しかし、空間が再現されているだけで何も語られていない。 

それはまるで、魚拓のようだ。見ている時の誇らしさと回想に浸る切なさが同居する感覚。

私たちがこの連載で追いかけてきた「令和のゴールドラッシュ」のゴールは、現実をなぞってバックアップをとることではなかったはずだ。
3Dデータ化され、幾何情報としてコンピュータの中に入った瞬間、現実は「固定された岩」から、意図通りに変形できる「粘土」に変わる。 私たちは、現実を複製したかったのではない。 現実を「再定義」できる状態にしたいのである。

現実を再定義できる状態とはどういうことか。

とある物流現場で、物流効率化が議論されている場面を想像してほしい。
優秀なエンジニアたちが、フォークリフトの走行ルートを3Dでシミュレーションし、秒単位を削る議論に熱中している。

しかし、ふいに誰かが、空間全体を俯瞰してこう呟いた。

「そもそも、なぜここに倉庫があるんですか?」

3D空間で、搬入動線と製造ラインを一本の線で結んでみる。すると、その倉庫が「流れ」を堰き止めていることが、物理的な構造として浮き彫りになった。 結果、倉庫という保管場所そのものをなくし、トラックを製造ラインに直結させる構造へと書き換えられた。

現場にいると、私たちはどうしても「目の前の石をどう避けて通るか」に全力を注いでしまう。 しかし、3D空間で考えるということは、アリの目からトリの目に視点が変わることを意味する。 石をどう避けるか考える立場から、「その石を置く必要があるのか」と問える立場に移るということだ。

 

 

執筆者について

経歴 ※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

連載記事

コメント

コメント

投稿者名必須

投稿者名を入力してください

コメント必須

コメントを入力してください

セミナー

eラーニング

書籍

CM Plusサービス一覧

※CM Plusホームページにリンクされます

関連サイト

※関連サイトにリンクされます