新・医薬品品質保証こぼれ話【第50話】

執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話
 

“医薬品等の安全性確保”と“ガバナンス”

この一週間(2024年3月下旬)は尊富士の新入幕優勝、大谷選手の通訳の野球賭博事件、小林製薬の紅麹製品に関連する健康被害事案と、衝撃的な出来事が立て続けに発生し国内外に衝撃が走りました。前日の取組みで負傷した右足首の痛みを押して千秋楽に出場し、百十年振りの新入幕優勝を果たした尊富士の快挙は、閉塞的な今の世の中に一条の光が射し込むような、爽やかで誰もが賞賛の拍手を送りたい素晴らしい“衝撃”であったのに対し、他の二つは“まさか”、と直ちには信じられないような、重大で心の痛む衝撃でした。

小林製薬の紅麹製品関連の健康被害事案(4月3日現在:死者5人、入院患者188人)については、現時点でその因果関係が明らかにされていませんが、もし、“因果関係あり”と判断された場合、なぜ、これほど多くの人に腎障害を発症し、死者が出るほどの事態に至ったのか、このことを十分検証することは極めて重要と考えられます。今回の事案は単にこの紅麹製品のみの問題ではなく、健康食品全体に安全性に対する疑念を抱かせる可能性があり、さらに、本製品の製造販売業者が小林製薬という著名な製薬会社であることから、医薬品の安全性への信頼にも影響する可能性が否めません。

医薬品や健康食品を製造・販売する企業は、何より、自らが製造あるいは販売する製品が、服用する人の健康や安全面において不都合な問題を引き起こさないことを、何にも優先して検証し保証する必要があります。今回のような命に関わる問題はそれが発生してからではすでに時遅しであり、いくら補償の金品を積み上げても、尊い命や元の健康を戻すことはできません。開発や製造・品質管理に携わる者はそのことを肝に銘じて、日々の業務を進める必要があります。

しかしながら、いくら慎重に関連の業務を進めても、今回のように、上市後に安全性に係る問題が発生することを皆無にすることはできません。調査・研究を重ね、安全性に関する科学的なエビデンスを積み上げて製品化し、上市に至ったとしても、所詮、人間のなすことであり、見落としや間違いは生じます。従って、このことを十分認識した上で、“万一、問題が発生した場合の対応”について、使用者の命を守るための対応策を整え、それにより発生時に速やかに対処できるようしておくことが重要となります。

つまり、開発に際しては、計画に基づき、健康被害が起きないよう安全性についても周到に研究し、様々な検証を重ねて製品化に至るわけですが、これに加えて、上市後に今回のような予期しない安全性上の問題が発生した場合、使用者への健康被害など危害を最小限に抑えるための対応の考え方と対処の手順を整備しておくことが求められます。その上で、これを日頃から関係者に共有し、発生した場合にはそれに従い、“発生事象の早期公表を含め”、組織として躊躇なく速やかに対策を講じることが重要と考えられます。このことは、PIC/Sが提唱する“データ・ガバナンス”(Data Governance)の考え方にも通じるものです。

今回の小林製薬のような事案はあってはならないことですが、最初の発生、2件目、3件目と数件の類似の事案が確認された際の対応、つまり、“初動”が的確であれば、健康被害を最小限に抑えることができたのではないでしょうか。人命に関わる重大な事案の場合は、因果関係が科学的に検証される前であっても、“起きている事象の状況から因果関係が示唆された場合は、速やかに公表し、当該製品の使用の中止を呼び掛ける”、これが最も重要であり、この対応が早ければ早いほど、犠牲者の数は少なくなるはずです。


 

 

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