日本の製薬業界の未来を考えたい【第7回】

「日本と世界との経済的な感覚の差」

本稿を執筆するにあたり、まず日本とアメリカにおいてどの程度インフレが進行しているのかを把握するため、私が初めて渡米した1985年頃と現在の「バス運賃」で比較してみました。

アメリカでは、当時75セントであったバス運賃が現在では約2.5ドルへと上昇しており、およそ3.3倍となっています。一方、日本の都営バスは180円から210円へと上昇したにとどまり、約1.2倍増に過ぎません。また、為替については当時の1ドル238円から現在は約156円へと変化しています。
なお、アメリカでは当時からオフピーク料金制度が導入されており、通勤・通学時間帯以外であれば25セントと、通常運賃の約3分の1の料金で利用することが可能でした。

アメリカの公共交通は、バスや路面電車や地下鉄などの公共のローカル路線については郡(カウンティー)や市(シティー)といった自治体による公共運営が中心である一方、「グレイハウンド」などに代表される都市間長距離バスは民間企業によって運営されています。それでも交通費が高すぎるという記憶はありませんでした。当時の印象としては、交通費やガソリン代はいずれも日本よりもかなり安価であったと記憶しています。

また、当時のアメリカの物価を振り返ると、現在の感覚からすれば決して高いものではなく、むしろ割安に商品を購入できる印象がありました。食料品などの生活必需品には税金がかかりませんでしたから、いまでもそうだと思います。ドル円相場が劇的に動き出したのは、1985年にニューヨークのプラザホテルにおいてプラザ合意が成立し、その後ドル円相場は円高方向へと進行、最終的には1ドル120円程度にまで達しました。
この円高の影響は、輸入においては実質的に価格を半減させる恩恵をもたらした一方で、輸出においては逆に製品が半値程度でしか売れない状況を生み、日本の産業構造に大きな変化をもたらしました。その結果、多くの企業が生産拠点を海外へ移転し、いわゆる産業の空洞化が進行したと言われました。

しかしながら、近年の状況に目を向けると、海外では生産性の向上や人件費の上昇が着実に進んでいて、円高初期の感覚でいる日本企業はその流れに十分に乗り切れていないように見受けられます。日本人の経済に対する関心の相対的な低さや、倹約志向、あるいは内向き志向といった要因が影響しているのかは定かではありませんが、結果として世界の中での相対的な存在感が低下し、他国に後れを取っている印象も否めません。

また、「バブル経済」や「内需拡大」といった当時の政策的・社会的な流れも、国内志向を強める一因となった可能性があり、その影響は今日にまで及んでいると考えられます。

 

 

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