医療機器の生物学的安全性 よもやま話【第52回】

 

身体の中で分解する材料(無機材料のつづき)

 

 前回は金属やカルシウム塩などの無機材料の分解様式に関してお話しました。
そのうち、生体内にある無機イオンで構成されているものについては、もともと体内に一定レベルあるのだから、分解しても多量でなければ大丈夫ではないかということでした。
 それでは、どの程度ならよいのかというのがつぎに問題になります。

 例えば鉄を考えてみます。
 身体の中の鉄は、健常人で3~4 gだと言われます。構成としては、ヘモグロビン鉄として60~70%、肝臓や脾臓などにフェリチンやヘモジデリンとして20~30%程度というところです。食事中から毎日20 mg程度の鉄を摂取し、そのうち1 mgが吸収されます。排泄としては消化管や皮膚上皮細胞の新陳代謝によるもので同様に1 mg程度であり、これで収支が合っているということのようです。鉄が最も利用されるのは、赤血球中のヘモグロビンで、一日20 mgが新しく生まれる赤血球のために使われますが、大半は老朽化した赤血球からのリサイクルです1

 

 ここに例えば1 gのクギのようなものを体内にインプラントしたらどうなるのか、というようなことを考えることが重要になってきます。いきなりクギがドロドロと溶けだしませんので、徐々に酸化、溶解していくことは子供でも想像できます。赤さびのような酸化鉄になるのと同時に、鉄イオンが放出されて全身に分布するというように、どのようなものに分解され、局所だけでなく、全身に運ばれるのはどのようなものか、その程度がどのくらいなのかということを検索するというステップが必須です。
 それが、1 mgには満たないということだと、食事で体内に取り込まれるより少量になりますので、健康影響を受けるとは思えませんが、100 mgとなると、明らかに過剰ですので、体内に酸化鉄が沈着していわゆる鉄過剰症2になってしまうかもしれませんし、最近では鉄過剰が認知症に関連するなどともいわれ、過ぎたるは及ばざるがごとしということになってしまいます。

 インプラントする部位によって、分解スピードは異なりますし、物理的な形状によっても分解スピードは異なりますが、まずは、基本情報を得る目的で、in vitroの生体疑似溶媒中に浸漬して、経時的な分解挙動を確認することが第一歩かと思います。その後、実験動物を用いて、臨床適用部位か、それに類する部位にインプラントして、in vitroでの挙動がin vivoでも再現されているのかを埋植試験などで確認しておき、最も分解が活発な時期に全身毒性に関する検査を行って、生体に及ぼされる影響を検索すると、生分解性に関する知見と全身毒性や埋植に関する知見の両方を得ることができます。

 あまり鉄を用いたインプラント型医療機器はありませんので、他の無機元素ということになりますと、前回もご紹介したマグネシウム(Mg)とカルシウム(Ca)があります。
 両方とも骨に多量に含まれ、血液にも含まれるミネラルで、血清中の基準値は、マグネシウムで1.8~2.6 mg/dL、カルシウムで8.5~10.4 mg/dLです3。つまり、これを上回ると高Mg血症、高Ca血症になる恐れがあります。
C aは、上述のとおり血清中に9 mg/dL程度含まれていますが、体内で最も多いのは骨で990 gと言われます。乳製品など食事からCaを摂らないと、高齢になった際に骨粗しょう症になるとされていますが、推奨摂取量は成人1人1日当たり、男性で700~800 mg、女性で650 mgだそうです。ただ90%程度は吸収されずに排泄されてしまいますので、体内へは100 mg程度が食事経由で持ちこまれ、尿からも同量が排泄されて、収支を合わせています4
 高Ca血症や高Mg血症は、結構危険で、意識障害~呼吸停止~死になり得ます。

 

医療情報科学研究所編 「病気がみえるvol.5 血液」 pp.18, メディックメディア(2011)
2 血清中のフェリチン濃度などで検査します。
3 野口善令編「診断に自信がつく検査値の読み方教えます!」pp.115, 羊土社(2014)
4 坂井建雄・河原克雅編「人体の正常構造と機能」pp.382, 日本医事新報社(2010)

 

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