ドマさんの徒然なるままに【第79話】 Overcontrol

第79話:Overcontrol

序章
読者の皆さん、特に品質保証部門(QA)の方であれば、この言葉を一度は耳にしたことがあるんじゃないでしょうか。そう、「Overcontrol(オーバーコントロール)」という言葉です。この言葉、文字通りに解釈すれば「過剰な管理」ということになり、一般的には、心理的状態(感情)における過剰な干渉や制御、分かり易く言えば、“神経質”といった感じで使用されることが多いように思います。それに対して、GMPの世界で使われる場合、本当に“過剰な管理”が行われている状態を指すんでしょうか? 個人的にはかなり疑問を感じています。意味合いとしては真逆となりますが、同様(類似)の使われ方、解釈をされる言葉として、「Minimum Requirements(ミニマムリクワイアメント)」という言葉があります。本来は「必要最低限の要件」を指すと思っているのですが、これら二つの言葉、GMP領域で使われる場合、どうも通常とは違った形で使われているように思えてなりません。本話では、これら二つの言葉の解釈について筆者の個人的意見を述べたいと思います。

本話、『勝手にGMP論』シリーズ*1の第14弾でもあります。くどいようですが、あくまで筆者の個人的意見であり、四半世紀にわたるQA人生の中で、「Overcontrol」や「Minimum Requirements」を正当に解釈して正しい運用をしていた方や会社(製造所)にお会いしたことが無いという寂しい現実があったということで本話を書いています。

なお、本話においては、品質に関わるGood Practices全体、具体的にはGMP省令・GQP省令・GCTP省令・GDPガイドラインの総称として「GMP」と記しているので、その点をご容赦願います。特定のGMPや本来のGMPに限定して言及している場合には、都度具体的に表記を施しているので、その点をご了承願います。


第1章:何をもって「Overcontrol」って言ってるんですか?
「Overcontrol」という言葉を使う方にお尋ねしたいのですが、何をもって(何を根拠に)言っているのですか? “over”という以上、何か基準があって、その基準を超えてしまっているということですよね? では、その元となる基準は、GMP省令ですか? PIC/S GMPですか? どちらもほぼ同じということであれば、どちらでも良いので、そのコンテンツなり、必須要件について具体的にご説明を願えますか? 

「Minimum Requirements」という言葉を使う方にも同じ質問をします。どうですか? 序章でも述べましたが、「Overcontrol」や「Minimum Requirements」を言いたがる方々から、基準と言える、その中身の説明を受けたことがありません。当たり前ですが、説明できない。いや、そうじゃないな。説明どころか、GMPがGood Manufacturing Practicesの略語であるということさえ知らないといったこともありました(実際に経験しました)。

失礼ながら、偉そうに言うのであれば、まずは自らGMPを勉強し、その基準に対して、具体的に、「我が社(製造所)では、●●に対する手順が煩雑すぎる」とか、「●●の処理については、■■程度でも良いのでは?」といった感じで話をして貰えませんか? 別にあなたを虐めたいわけではありません。「Overcontrol」や「Minimum Requirements」と言いたいのであれば、客観的事実に基づいて、ベースとなる基準との差、真の意味での“over”や“minimum”について論じて欲しいと願うだけです。


第2章:そもそも「Overcontrol」って、どういう状態なの?
普通に考えると、何か基準があって当然それは満たしているということの上で、それ以上の対応をしているので無駄が生じているという状態を指すんじゃないでしょうか。GMPで言えば、当該社として法規制コンプライアンスは100%満たしており、そこで製造・販売されている製品の品質には全く問題が無いということですよね。そして、当然のことながら、品質保証としてのGMPは現時点の一過性の状態だけでなく、現状維持も踏まえてのことと解釈されますので、今後も品質問題のリスクは極めて低いというコミット込みですよね。たまたま現在までのところ問題が無い(無かった)というだけでは、第三者からは勝手な“思い込み”、場合によっては“たまたま”と思われても仕方ないように思うのですが・・・。

それに対して「Overcontrol」って、どういうことなんですか? 筆者の経験から、査察や監査に対する一過性のパスのような対応ではなく、それこそサステイナブルなGMP対応って、“維持”じゃなく、むしろ“継続的な向上(継続的改善:Continual Improvement)”の対応ですよ。誰が見ても無駄 or 重複といったことでもなければ、程度の差こそあれ、傍からは“overcontrol”とも思える対応こそが必要なように思えますけど。

最も分かり易い例を挙げれば、設備・機器のメンテだけをとっても、経年劣化も考慮し頻度も上がるであろうし、部品の交換を伴うともなれば再クオリフィケーションや再バリデーションの実施ということもあるんじゃないですかね。使用年数による経年劣化をリスクマネジメントした結果としてメンテや再バリデーションの頻度を上げるという規定や状況を、だれが「Overcontrol」って言いますかね。個人的には、むしろ設定根拠のない部品の交換や交換後の再クオリフィケーション・再バリデーションが規定されていないSOPのほうが問題なんじゃないですかね? 「うちのSOPはその辺のことについて何も触れていない」ってか。ハッキリ言います。論外です。


第3章:これって「Overcontrol」と言うのですか?
前章の逆パターンにも思えるような事例を挙げてみましょう。製造指図・記録書の記録やチェックのすべてに「第二者確認欄」があり、ダブルチェックと称した2名の作業者による記入がなされている製造所があります。それ自体が悪いこととは思いませんが、筆者のような意地の悪い人間からすると、以下のような疑問が生じます。
① この製造所、本当にダブルチェックしてるのか? 単なる見せかけのチェック記録なんじゃないか?(実際に、1名の作業者が第二者確認欄に(代筆で)イニシャル署名している製造所が複数ありました)
② そもそもダブルチェックが求められるのは、秤量作業といった重要工程のはず。こんな操作・作業までダブルチェックが必要か? 無駄な労力だよなー。
③ 無駄に労力を使うと、余計にミスを生じ易くなるんだよなー。それさえも気づかないレベルなんかー。

正直に言います。当該製造所として、本当にダブルチェックが必要と判断しての記入であれば立派なことと思います。ただ、査察や監査対応のためにやっていたとしたら、それは「Overcontrol」と言うのではなく、「Blind Compliance」なんじゃないかと思うのです*2。マジに性格の悪い筆者であれば、こんな記録を見せられたら、貴社(貴製造所)では品質リスクマネジメントをどのように実施し、この製品の作業時のリスク部分はどこですか? と質問するでしょうね。その回答と記録が合致しないのであれば、本来の意味での「Overcontrol」ではないと思うのですが、いかがでしょうか。


第4章:「Overcontrol」を言い出す者って、実務担当者じゃないことが多くありません?
大変失礼な言い方になるかもしれませんが、「Overcontrol」を言い出す方、実務担当者ではない部外者に多いように思えてなりません。市販製品としての医薬品関係であれば、製造所内の製造部門や試験検査部門の担当者ではなく、管理業務の者、さらには本社筋の別本部の者だったりしませんか? ビジネス的に少しでも無駄を省きたいという気持ちは理解しますが、“品質の保証(結局は安全性と有効性の担保)”ってそんなに簡単なことじゃないんですよ。QAのみならず品質担当者は、常に「我々はヒトの生命を預かっている」という意識で仕事をしているんですよ。「私はそうじゃない」って? 申し訳ありませんが、あなたは失格です。

また、開発としての治験薬関係であれば、臨床開発部門の者である場合が多いように思えます。開発を少しでも早く進めたい気持ちは理解しますが、「治験薬製造依頼書」の紙切れ一枚でパッと造れるようなシロモノじゃないんですよ。まして、その品質保証なんて、記録を機械的にレビューすれば済むような簡単な話じゃないんですよ。同じ釜の飯を食べている者であれば、そのくらい理解してくださいな。

そもそも、臨床開発のようなGCP関係者の言う「Overcontrol」って、“治験の信頼性基準に基づく信頼性の度合い”を言っていませんか? そうであれば、ヒトに対する安全性と有効性、特に有効性データの信頼性であれば、また科学的にその有効性を証明できる(できた)のであれば、確かに承認申請のためにはそれ以上のデータを取得する必要はないかもしれません*3

ただ、GCP関係者の言い分も分からないわけではありません。治験には膨大な費用と時間がかかり、やり直しが効きません。そんなこともあり、目の前の治験には有り余るほどの注意を払うのは仕方の無いことと思います。自分たちの、そんな背景や意識から他者・他部署を横目に見て「Overcontrol」を言ってるものと推察します*4

しかしながら、CMCに対して「Overcontrol」といった場合、それは当該治験フェーズに使用する治験薬の品質に限定されるものではなく、近い将来の承認申請どころか、承認後の市販製品の品質保証も含めての意味合いとして受け止めるんですよ。品質屋の観点での「Overcontrol」という言葉、承認を得た時点が本格的スタートだということを理解して言ってくれませんか? 


第5章:「Minimum Requirements」を言い出す者って、絶対に「Full」を知らないですよね!?
前章の「Overcontrol」を言い出す方もそうですが、「Minimum Requirements」を言い出す方って、経験的に専業の製薬会社じゃないことが多いんですよね。すべての会社や担当者ではないので、ちょっと失礼に感じさせるかもしれませんが、対応窓口者だけがしっかり勉強して真摯に応対してくれているものの、その上司であったり、間接的立場にいる者であったりすると、かなりいい加減な印象を受けます。確実に言えることは、彼らは絶対に「Full Requirements」を知らないということでしょうか。“full”を知らないということは、“minimum”という状況が分かるはずもなく、“minimum”という言葉が根底から崩れてしまっているということが認識できないんでしょうね。こういう状態が、当該社の信用や信頼を失わせているということも気づかないんでしょうね。

受託業者さん、特に異業種からの新規参入会社さんにあっては、お気をつけなさったほうが宜しいかと思います。委託先選定に際しての面談においては、通常は営業担当者が対応しますが、実際の作業は当然現場の方ですよね。営業担当者がGMPを勉強し一生懸命に説明するだけでは作業現場の姿が見えませんので、(あくまで筆者だけかもしれませんが)医薬品事業に対する貴社組織としての認識度合いや力の入れ方を、面談で同席することが多いその上司を通して推察するんですよ。それで実地の監査が必要か否か判断するんですよ。

特に昨今は、そのコストといった金額よりも、コンプライアンスの意識と現実対応の度合いを優先して評価の対象にしますからね。そりゃ委託者の立場からすれば、後日に品質不良の回収、さらにGMP違反だなんてことになれば、製造販売業者としては致命傷になりますからね。申し訳ありませんが、医薬品関係業務を受託するのであれば、そのくらい周辺の状況を勉強し把握しておいてくださいな。


終章
以上、すべてが私見ですが、筆者の経験も踏まえて書いてみました。勝手な推察で論じ、誹謗中傷とも受け取れる箇所もあったかと思います。ただ、「そうでない」と異論・反論があるのであれば、実行で示していただければ、それで宜しいんじゃないでしょうか。誰かを傷つけるつもりなど毛頭ありません。たまたま、私がGMPや品質保証の本来の主旨を理解した方々に遭遇しなかっただけかもしれません。逆に、本話を読んで、傍からは「そんな風に見えるのか?」と自身を振り返っていただけたのであれば、それはそれで本話を執筆した者としては有り難いと思う次第です。


では、また。See you next time on the WEB.



【徒然後記】
好きこそものの上手なれ

筆者、特に野球ファンということではないが、大谷翔平選手の活躍が報道されるたびに「さすがだな」と感じる。二刀流も含めて歴史に残る活躍をしているからこそ報道されるという逆論理も成り立つが、稀代の名選手であることは記録という事実から明白と言える。個人的に思うことは、彼がその記録云々よりも何よりも、「野球が大好き」ということであろう。野球のことしか考えていないとも思える、野球が大好きで勝つために必死で頑張るその姿がチームメイトや観客にも伝わるからこそ、誰もが彼を好きになってしまうんじゃないかと思う。
「好きこそものの上手なれ」なる言葉がある。英語では、“What one likes, one will do well.”と言うらしい。が、「GMPが好きで楽しい」なんて奴に出会ったことがない(正直、筆者自身も嫌いです)。ほとんど居ないと言うのが実情であろうが、レベル向上に悩んでいる製造所さん、一人でもいいので、「GMPが好きで楽しい」という者を養成してみては? それが無理ならば、せめて「GMPを楽しもう」という雰囲気を養ってみては? 「Quality Cultureの醸成」なんて言葉よりも分かり易くありませんか? 求めるものと結果は同じだと思う。そうであれば、本話で述べた「Overcontrol」や「Minimum Requirements」の意味も正しく解釈できるし、少なくとも「Blind Compliance」に陥ることは無いと思うのだが・・・。
今回の徒然後記、大谷選手の話で始めたが、4月に娘さんが誕生した。「恥ずかしい姿は娘に見せられない」とパパとして家族・家庭を幸せにするために、今まで以上に頑張るに違いない。これまた、古くから良い医薬品を製造・販売している優良な会社・製造所の姿に似ている。

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*1:直近、第13弾の 『勝手にGMP論』シリーズは、「第69話:Creative GMP」です。

*2:筆者の場合、監査で製造指図・記録書を確認する際に、「このダブルチェックでの第二者は何をチェックなされているのですか?」と質問することにしている。例えば、秤量作業時のダブルチェックだけでも、①第一者の作業が指図に合致しているかを確認する、②秤量計の数値が指図書に合致しているかを確認する、③秤量物を一度どけてからゼロ点を確認し再度自身で検量する、といった具合の違いが考えられます。

*3:ヒトに対する安全性については、長期に亘る投与(服用)から生じる副作用(有害事象)を申請時に証明することは現実的にはかなり難しいと言わざるを得ない。承認後のGVPといったpharmacovigilanceはそんなことのためにあると思っている。動物による調査は、あくまで動物によるデータであり限界があると思っている。

*4:2025年3月31日付の薬事日報に、「【PMDA事業報告会】CROが過剰品質要因に‐医療機関から多数の意見」という記事が掲載されていました。依頼を受けたCROが治験依頼者企業からの信頼を損なわないための過剰防衛なのか、委託元の治験依頼者企業からの神経質な依頼なのかは不明ですが、「Overcontrol」を地で行っているようです。
https://www.yakuji.co.jp/entry116985.html 

 

 

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