製造業に令和のゴールドラッシュが静かに始まっている【第4回】

第4話:空間を読む力が、技能になる

── 空脈を資産化できる会社には伸び代あり

「この配管、どの順番で組んでいくか分かるか?」

ベテランが若手に問いかける。図面には寸法も接続先も書いてある。だが、狭いスペースで、どの順番で、どの姿勢で、どこに足場を組み、工具をどう回すのか。その“空間的手順”は、図面の外にある。
図面は完成形から逆算して、必要要件が盛り込まれている。だが、それでも十分ではない。

「このあたりから……でしょうか」
若手は心許なく図面を指差す。

「違うな。ここから先に入れないと、後で干渉する。こっちを先に溶接すると、作業員が入れなくなる」

ベテランは、目の前に配管が立体的に浮かんでいるかのように語る。頭の中にあるのは、形状だけではない。配管の太さ、曲がり、障害物、作業者の動線、工具の取り回しまで含めて、それらが一つの“空間の物語”として統合されている。

現場で思い出す、私の好きなフレーズがある。

「このプラント、日揮が作ったやつだな」

ベテランの配管エンジニアは、現場に立った瞬間にそう呟く。配管の取り回し、バルブの配置、サポートの取り方など、一枚の図面では語りつくせない“間取り”が、読み取れる。

プロセスエンジニアなら設備構成から「何を作っているか」や「どこのプロセスライセンサーか」は見当がつく。だが、「誰が設計したか」まで外観から読み取れるとは。
この差は何か。私はそれを、“空間を読む力”の差だと思っている。
 

間取りに流れる「空脈」

書道には「気脈」という捉え方がある。一筆一筆は独立しているようで、実は目に見えない流れで繋がっている。その“つながり”が作品から汲み取れるかどうかが、書の良し悪しを分けている、ということを最近意識するようになった。

プラントにも、同じ類の“流れ”がある。
配管ルート、機器配置、メンテナンススペースの取り方は、単なる物理的配置ではない。そこには、設計者の意図、現場制約、過去のトラブル対応、保全思想が折り重なって埋め込まれている。

私はあえてこれを、空間に宿る流れ「空脈」と呼びたい。
第2話で語った「データの鉱脈」が空間に眠る価値ある情報そのものだとすれば、「空脈」はその情報を貫く判断の連なりである。
 

見える人だけが判断できた世界

私が知る限り、空脈を読めるのは、長年現場に立ち続けた一部のベテランか、ガンダムで言うニュータイプだけだ。

若手が図面を見て「ここに配管を通せばいい」と提案する。ベテランは首を振る。
「その位置だと、将来この熱交換器を引き抜くときに干渉する」
「この曲がりだと、振動が出る」

図面には書かれていない。CADや3Dモデルを見ただけでは、ぱっと気付けない。空間に身を置き、時間軸を頭の中で往復できる者だけが感じ取れる。

だから技能伝承は属人的にならざるを得なかった。
現場にいなければ学べない。時間がかかる。人によって伝わり方がぶれる。そして、十人のベテランの知見は、十個の頭の中に分散したまま束ねられない。
ベテランが去るたびに、空脈を読む力も一緒に薄れていった。
 

空脈をデジタル化する:記録媒体としての3D空間

第2話で語った3Dスキャン、点群データ、360°パノラマ画像。これらは“空間そのもの”を記録する技術だ。重要なのは、その空間に、人の判断を刻み込める点にある。

例えば、ベテラン検査員が現場を巡回する。配管のエルボで立ち止まり、保温材の状態を確認し、「ここは3年後に要注意」とPOI(Point of Interest)を打つ。
POIには座標だけでなく、「なぜそこに注目したのか」という文脈が残る。

●    配管の低点で水が溜まりやすい
●    保温材の取り合い部でCUI(保温材下腐食)リスクが高い
●    過去の定修履歴から、この系統は腐食進行が早い

次に別の検査員がその場所を訪れると、過去のPOIが空間上に浮かび上がる。若手は、ベテランの視線をなぞる。
「ここは低点で水が溜まる。継ぎ目がある。だからリスクが上がる」
図面ではなく、“空間の文脈”として腹に落ちていく。

空脈は、こうして脈々と受け継がれていく。

 

 

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