2018.01.28.SUN

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医薬生産経営論・特別編【第3回】

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執筆者:隠居 孝志

医薬生産経営論・特別編【第2回】

医薬生産経営論・特別編

小説・企業文化のスモール革新論

第3章 「排除」すること。

大川(旧淀川)端での、私とママさんとの二人だけの老人会も、そろそろ日没終了となりそうだ。
桜木の紅葉よりも、もっと紅蓮に燃える夕焼けが西方の空に広がり始めている。大阪城も眩しそうだ。
「ねぇ、さっきの『見上げたものだよ、屋根屋の褌(ふんどし)』ってどういう意味? 」と、ママさんがインスタント・コーヒーの蓋を開けながら聞いてくる。
「誇りを持って仕事をすると、皆が見上げてくれる、つまり尊敬してくれるってことだよ」と、本当のことは知らないくせに、私はもっともらしく答えた。
「ママさんだって、お客の皆はきっと尊敬していると思うよ。私もママさんが頑張っているから頑張れる。ママさんが死ぬちょっと前に死にたいと思っている。それが最高だろ」
「残念ね。オッサンに関係なく、私は長生きする。私は昔、長い間、人生をロスしていた時期があるからね。でも、オッサンのことは永久に忘れないし、永久に感謝する」
 
工場で働く従業員、特に、医薬品工場で働く従業員の性質を堅苦しくて融通が利かない性格にする最大の要因は、規則、規律、指示命令に対する絶対服従である。
今から約25年前、私は東京に単身暮らしで、自社の所有ではない賃貸単身寮に入居していた。他産業、他企業の人たちもその賃貸単身寮に入居していた。そこの東北地方出身の管理人がよく私に言っていたが、「医薬品会社の人はすぐ判る。真面目で大人しくて、寮のルールをきちんと守る。これが商社マンになると、全くルールを守らない、守る気も全くない。一流商社でもね」と、言っていたのを思い出す。
医薬品工場ではSOP (標準製造法)の遵守は絶対である。従業員の個人的な交通事故・違反に対してさえ、厳罰が処されることもある。なぜなら、交通規則・マナーを守れない人間が、製造のSOPを守れるはずはない、と考えるからである。そんな人は、医薬品企業には向かない。早く会社を辞めて他の道を進んで欲しいと言うのが、企業側の本音である。
しかしながら、日産自動車や富士重工や神戸製鋼は一体どうしたのだろう。長期間にわたり、規則を破り、試験データを捏造する。日本の製造業は地に墜ちてしまったのかとさえ思う。
かつて、日本の製造業は世界一とされ、多くの国から尊敬された、あの栄光と誇りはどこに行ったのであろう。創業(者)の精神をいったいどこに捨てたのか。歯が浮くような、企業間の違いが余り分からない「経営ミッション」を合唱するよりも、この国を、この従業員を、自分たちの事業や技術を外国に負けないものに懸命に研鑽し、世界に誇れるほど平和で豊かで幸福なものにするといった、戦後の焼け野原の国土から生まれた「創業の精神」を、「創業者の叫び」を、企業の最末端の現場に至るまで、広く深く徹底しなければならない。
熾烈なグローバル競争の中で、日本の企業が生き残るためには、中国やインドなどの低コスト国に対抗できる低コスト構造を実現することであると、多くの単純な日本の経営者は思い込んだ。
「世界の工場」たる中国のコスト競争力は強い。中国に対抗するには、低コスト国内での海外生産を増やすこと、品質や安全や環境面のリスクを増やしても、間接コストを削減することにある。中国経済の成長とともに、中国企業のコストも高騰するであろうこと、また、中国企業も低賃金を求めてベトナムやミャンマーなどへの生産拠点の移転をさらに拡大するであろうこと、これらを承知しながら、日本の多くの経営者たちは、日本製品の良さ、価値を捨て、低コスト化で対抗しようとした。
しかし、グローバル競争に勝利し生き残ったのは、クール・ジャパンの品質と先進性・物語性を維持し、他方で、現場での地道な改善改革を必死に継続した企業である。間接コスト削減のため、定められた試験を実施しない、環境や安全対策を講じない、或いは、製造や試験記録を捏造した企業が、消えて行く企業であろう。コストだけが競争力の源である時代は終わっている。アジア人観光客による「爆買い」の様変わりを見れば、それは分かるはずである。彼らは、低価格だけの製品は選んではいない。
全ての経営者は反省すべきである。日本製品のクールな良さを改めて評価すべきであるし、また、日本という国家の安全保障さえ、リスクに晒してしまったことを。さらに、現在のグローバルな競争力の源とは、製品の個別コストではなく、品質や先進性などを含めた製品の総合価値と、製造する企業への信頼であることを。
 

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隠居 孝志

隠居 孝志

株式会社シーエムプラス 顧問。
1972年武田薬品工業(株)入社。生産計画、設備計画、要員計画などの業務に従事。資材部長、生産管理部長、湘南工場長、監査役室長、コーポレートオフィサー・製薬本部長を歴任。
この間、武田アイルランド製薬建設や、グローバル生産体制の構築、BCP推進、環境経営の推進などに携わる。また、業務執行会議メンバーとして、会社全般の事業戦略・製品戦略・経営計画策定、及びミレニアム社、ナイコメッド社の買収などに参画。2012年11月退社。2013年6月(株)シーエムプラス顧問就任。