2021.05.28.FRI

新技術

新技術最前線 新薬開発を目指す人へ【第1回】

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執筆者:GMP Platform事務局

【第1回】マイコプラズマ汚染を正確に検出し、患者を守るためのドロップレットデジタルPCR技術

・はじめに
マイコプラズマは、バイオ医薬品の開発プロセスにおいて一般的に見られる汚染菌ですが、ワクチン、細胞治療製剤、遺伝子治療用の製剤を製造する場合、マイコプラズマによる汚染が無いことはそれらの治療を受ける患者の安全性にとって重要です。このため、EU、US、日本の各薬局方より、製品に対するマイコプラズマ否定試験の実施が要求されています。
そこで今回は、広く使用されているリアルタイムPCR(qPCR)によるマイコプラズマ アッセイに替わる手法として、(1)高感度、(2)検量線が不要で絶対定量が可能、(3)PCR阻害物質に対する強い耐性という特長を持つドロップレットデジタル PCR (ddPCR)技術を用いたアッセイをご紹介させていただきます。

 
1.マイコプラズマ: 広く蔓延している厄介な汚染菌
マイコプラズマは、細胞培養における一般的な汚染菌であり、細胞治療や遺伝子治療の開発において避けて通ることはできません。細胞生物学者にとって長年の悩みの種でもあるマイコプラズマは、世界中の細胞株の約30%が汚染されていると推定されていて、しばしば研究成果に影響を与えています1, 2)。研究室にマイコプラズマが蔓延していることを考えると、遺伝子治療での利用が進んでいるアデノ随伴ウイルス(AAV)の培養に用いられる細胞にもマイコプラズマが存在している可能性があり、ひいてはAAVベクターを用いた治療薬にもマイコプラズマが混入する可能性があります。特にM.pneumoniaeはヒトに呼吸器系の感染症を引き起こす可能性があるため、治療薬に混入したこれらの汚染菌を検出し、選別することは特に重要です。実際、M.pneumoniaeは、米国では毎年200万件の細菌性肺炎を引き起こし、成人で約10万人が入院していると推定されています3)。したがって、ベクターを可能な限り精製し、患者へ投与する前にマイコプラズマの存在を検査する必要があります。
残念ながら、マイコプラズマを検出し、細胞培養中から除去することは困難です。マイコプラズマはグラム陰性菌のため、細胞株の維持によく使われるβラクタム系の抗生物質に耐性があります。さらに、マイコプラズマは細胞壁を持たず、非常に小さい(2~3μm)ため、フィルターを通過し、標準的な光学顕微鏡では観察することができません。
従来のマイコプラズマ検出法は、ブロスや寒天でコロニーの成長を観察したり、核酸を染色・標識し検査を行いますが、結果を得るまでに28日必要です4, 5)。最近では、1日で結果が得られるqPCRに注目が集まっています。しかし、qPCRではマイコプラズマのレベルを直接定量することはできません。qPCRは、対象となる遺伝子配列を増幅し、一定の閾値に達するまでのサイクル数を測定し、その結果を標準曲線と比較することで行われるため、相対的な定量法となります。qPCRのもう一つの限界は、生きているマイコプラズマからのDNAと、溶液中に浮遊しているマイコプラズマDNAとを区別できないことです6)。この区別をするために、ゲノムコピー(GC)とコロニー形成単位(CFU)の比率を測定する必要がありますが、GCとCFUの比率は、増殖速度や培養条件によって変化します。そのため、ゲノムコピーの絶対数を求める必要がありますが、qPCRでは測定することができません。さらに、特定のSYBR® ベースのqPCRアッセイでは、しばしば偽陽性が発生し、マイコプラズマ濃度の過大評価につながる可能性があります7)


2.マイコプラズマの検出にドロップレットデジタルPCRを使用する利点
マイコプラズマの定量に最も適したアプローチの1つがddPCR技術です。ddPCR技術により、マイコプラズマDNAを含む標的核酸を直接定量することが可能です。この方法は、パーティショニングに基づいています。
 

図1. qPCRとddPCR技術の比較
qPCRは入力されたDNAの濃度に比例したアナログ信号を出力するバルク測定法です。ddPCRは微小区画を利用して、各微小区画に対して“0”または“1”のデジタル信号を出力します。空の微小区画の割合は、入力されたDNAのコピー数を計算するために使用されます。


20 μL量のDNAサンプルを含む反応液をアプライすると、それぞれが0コピーもしくは1コピー以上の核酸を含む、およそ20,000 個の均一な約1nLの液滴(ドロップレット)に分割されます。各ドロップレットに含まれる核酸は、マイコプラズマ種に固有の遺伝子配列を標的とするプライマーを用いてPCR増幅されます。ドロップレットに標的配列が含まれていれば、DNAの増幅に伴って標的配列特異的な蛍光プローブが切断され、レポーター色素が蛍光シグナルを発することになります。一方、標的配列が含まれていないドロップレットからは蛍光シグナルが発生しません。ddPCR技術に蛍光プローブ ベースのケミストリーを用いることで、非特異的な蛍光シグナル検出の可能性を低減しています。その後、ドロップレットは蛍光を発するドロップレットと発しないドロップレットをカウントするリーダーに直列に流されます。ポアソン分布を用いてサンプル中のマイコプラズマDNA濃度を計算することで、製造バッチ中のマイコプラズマ汚染の有無と汚染レベルを判断することができます。

ddPCRはすでに他の分野でも微生物汚染の検出の利用が進んでいます。例えば、柑橘類に存在する病原性細菌Spiroplasma citriの検出において、qPCRよりも再現性が高く、高感度であることが報告されています8)。また、廃水中のノロウイルスやポリオウイルスを患者が症状を呈する前の検出にも利用されています9)。また、ddPCRはヒトに病気を引き起こすいくつかの細菌種の検出において、懸濁液中のL. monocytogenes, F.tularensis, Mycobacterium avium subsp.Paratuberculosis の3つの細菌種を正確に定量するためにqPCRとddPCRを直接比較したところ、qPCRが3つの種の量を少なくとも2倍過大評価されることが明らかになりました10)。さらに、アカゲザルの血液中の結核菌の濃度を調査した研究では、ddPCRアッセイを用いた場合にqPCRで検出可能になる2週間前、感染からわずか3週間後にこの細菌種を検出可能であったと報告されています11)
ddPCR技術による複数のマイコプラズマ種を検出するための調査研究では、自然界で見られるマイコプラズマを代表する3種、A. laidlawii、M. pneumoniae、M. hyorhinisを含むサンプルを検査したところ、A. laidlawiiの検出限界は4.19 GC/well、M. pneumoniaeは6.29 GC/well、M. hyorhinisは5.63 GC/wellでした12)。また、他の細菌種との交差性を検証したところ、3種の対照種(C. sporogenes、L. acidophilus、S. bovis)との交差反応性は確認されませんでした12)。さらに、qPCRとddPCRの検出限界を比較したところ、ddPCRは1 CFU/mlのA. laidlawii標準品を検出されましたが、qPCRはこの濃度では陰性となりました11)
 

図2. qPCRおよびddPCRの感度比較
1および10 CFU/mlのA. laidlawiiスタンダードをqPCRにて測定した平均Cq値(左)。 1 CFU/mlのスタンダードではいずれも陽性コールのためのカットオフ値である36.23 Cqに達しなかったため、qPCRの検出限界は10 CFU/mlとされました。1 CFU/mlおよび10 CFU/mlのA. laidlawii スタンダードをddPCRにて測定した平均コピー/ウェル値(右)。全てのddPCRサンプルが1個以上のFAM陽性ドロップレット/ウェルであり陽性と判定されたため、ddPCRの検出限界は1 CFU/mlとされました。エラーバーは標準偏差を表しています。

3.結語
マイコプラズマのような汚染菌を検出できる迅速かつ高感度なアッセイは、細胞治療や遺伝子治療が広く採用されるようになるにつれ、非常に重要になってきます。このような高感度の品質管理ツールがあれば、細胞治療や遺伝子治療の開発者は安全な製品をより簡単に患者に届けることができるようになります。高感度のマイコプラズマ検出アッセイの開発は、製品の安全性を測定するための1つのステップに過ぎませんが、これは、培養系を用いる治療開発における品質管理の最適化を目指す業界の大きな流れを示しています。適切なツールや技術が整備されれば、複雑な細胞治療や遺伝子治療は、生物製剤や低分子医薬品と同様に、高度に標準化されたプロセスに進化していくと考えられます。


References:
1.    Bolske G., Zentralbl Bakteriol Mikrobiol Hyg A, 269(3):331–340(1988).
2.    Nikfarjam L., Cell J 13:203–212(2012).
3.    Waites K., Clin Microbiol Rev, 30 (3), 747–809(2017).
4.    Drexler HG., Cytotechnolog, 39(2):75–90(2002).
5.    Armstrong SE., Biologicals, 38(2):211–213(2010).
6.    https://www.bio-rad.com/webroot/web/pdf/lsr/literature/Bulletin_7427.pdf, Accessed Apr 15,2021
7.    Gattinger, B., Vet Med Australia, 95:22-27(2008).
8.    Maheshwari Y., PLoS ONE, 12:e0184751(2017).
9.    Tang A., Emer Inf Dis, 26(6):1337-1339(2020).
10.    Gonzalez R., Water Res, 186(1):e11629(2020).
11.    Alteri, C., PLOS ONE, 15(9):e0236311(2020).
12.    Ricchi M., Front Microbiol, 8:1174(2017).
13.    Song N., Emerg Microbes Infect. 7(1):78(2018).
14.    https://www.bio-rad.com/webroot/web/pdf/lsr/literature/Mycoplasma_Poster.pdf, Accessed Apr 15, 2021.
Z12647L 2104b
 
 コーディネータープロフィール
 
   小出 哲司
   理科研株式会社 戦略営業部 部長
 
2002年に理研ベンチャー、
株式会社インプランタイノベーションズ取締役を歴任。
2007年より理科研株式会社に入社。2013年より戦略営業部の部長に就任。新規事業開発及び、企業戦略を立案実行。2017年4月より取締役執行役員に就任し現職。顧客の企業価値を高めるための事業推進ドライバーの創出を一貫して推進している。
 
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 杉本 貴司 博士(医学)
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