医薬品品質保証こぼれ話【第39回】

パンデミック下の原薬調達と供給者管理

陽進堂と帝人ファーマは“エタネルセプトBS皮下注10mgシリンジ1.0mL「TY」”など4製品に関し、5月28日、医療関係者に出荷の一時停止を連絡しました。インドにおける新型コロナウィルスの深刻な感染拡大によりこれらの医薬品の原薬の製造業者であるルピン社(Lupin Limited)からの原薬供給に支障が生じたことがその理由とされ、原薬の製造に使用される培養バッグやフィルターなどの供給者が、新型コロナウィルスのワクチン製造に使用される部材の生産を優先させたことが、その原因とされています。

中国やインドなど海外原薬の調達に支障が生じ、医薬品の生産が滞る事態がこれまでにも見られていることは周知のとおりですが、その多くは異物混入などの品質問題や工場火災、或いは、GMP査察不適合など、その工場のGMPや安全管理上の問題によるものでした。しかし、今回のケースはこれまでとは少し事情が異なるようです。以前はあたり前のように調達できていたフィルターなど、製造工程に消耗品として使用される部材の調達が随時に行えないために原薬の製造が停止するという、これまでにあまり見られなかった状況が今回のパンデミックにより発生しています。原薬や医薬品の製造方法には化学合成、培養、天然物抽出など様々な方法があり、これに対応する製造工程は多岐にわたります。この多岐にわたる工程には多種多様な製造機器と、フィルターなど数えきれないほどの部材が使用されています。そして、一連の工程に使用される部材の一つでも入手できなくなると生産ができない状況を招きます。このことは医薬品に限らず自動車やコンピュータ製品についても同様に言えることであり、今回のパンデミックにより実際にこういった領域においても、部品の調達が滞り製品の生産がストップするという事態がたくさん発生しています。

医薬品は人命に直結する製品であることから、その製造に使用される原薬の安定調達は極めて重要です。原薬の安定調達に向けての対策は、先のセファゾリンなど重要医薬品の欠品問題を契機にすでに議論されてきているところですが、上記のような状況を踏まえると、今後は、対策の考え方をこれまでより広い視野から検討する必要がありそうです。いわゆる“サプライチェーン”の管理や監視に関しては、原薬合成の出発物質や、製造工程に供される部材の製造元などに対象を拡大し、さらに、状況によっては、この部材の製造に必要となる原材料の供給元まで遡って状況を把握する必要があるかも知れません。しかし、これを進めるとなると、対象となる部材やその原材料の製造所など、管理対象となる施設は数えきれないほどの数に上り簡単ではありません。原材料の製造所の管理に関するGMPの規制としては、PICS-GMPとの整合化により要件化された“供給者管理”がありますが、これと同じ位置づけで対応するのは実際には不可能に近いと思われます。しかしながら、今回のパンデミックの経験から、今後も上記の陽進堂の事例と同様な事態が起こり得ることを想定し、何らかの形でこの種の対策を講じる必要があることは、企業の危機管理やBCP(事業継続計画:Business Continuity Plan)の観点から大切であり、同時に、日本の高度な医療体制の安定確保の観点からも大変、重要な課題と考えられます。

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