医薬品品質保証こぼれ話【第29回】

トレードオフとその対応

2021年が明け、新型コロナウィルスの感染が急拡大しています。寒入り後、東京の感染者は2,000人/日を超える日もあり、1月8日には全国の感染者数が7,882人を記録しました。また、死亡者も急増し、1月17日現在、累計の死者は4,525人となりました(以上、NHKまとめ)。医療は当然、逼迫し、東京、大阪をはじめ都市部では医療崩壊が現実のものとなっています。この状況を受け、1月7日、東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県に緊急事態宣言が発令されましたが、国民の多くがその対応の遅さに苛立ちを覚え、ストレスを募らせているのではないでしょうか?

さて、話は少し遡りますが、昨年11月、感染の第三波が勢いを増す中、東京、大阪などで医療崩壊が危惧される状況下、再び、‟Go toトラベル”継続の是非が問題になりました。“トラベル”にしても“イート”にしても、この種のキャンペーンは、感染拡大の大きな原因とされる“三密”の助長になることから、感染防止の観点からは直ちに中止の判断を行うのが、本来とるべき方策と考えられました。しかしながら、経済のさらなる停滞への危惧から、“感染拡大の防止と経済回復”の両立を目指し、大阪、北海道など医療が逼迫している地域を適用対象外としながらも、政府はこのキャンペーンの継続を決めました。

この“感染拡大の防止と経済の活性化”のように、二つの課題が基本的に両立できない関係性は “トレードオフ(Trade-off)”と呼ばれ、日常の中で誰もが経験する事象です。“片方を達成するためには、もう片方を犠牲にする必要がある関係性”と言い替えることもできます。また、重大な事案の判断を行う際に、“苦汁の決断”や“苦汁の選択”といった表現が用いられるのも、このような状況下です。日常においては、“飽食と肥満防止”、“喫煙と健康”、また、“仕事はしたくないがお金は欲しい”などが、この関係性の分かりやすい事例として挙げられます。この他にも、長い人生の様々な岐路において、トレードオフに該当する重大な決断を迫られることは少なくありません。ビジネスにおいても販売業では、“広告費と売り上げ”などにこの関係が見られますが、製造業においては、“職場安全の向上とコスト削減”といったことに、同様な事象が見られます。

こういったトレードオフへの対応の考え方としては、多くの場合、状況を見ながらバランスをとり、双方の要素が実現できる至適なポイントを見出し実行するのが一般的です。ただ、“喫煙と健康”のように、因果関係が明確で、かつ、人命に直接影響するような事案においては、健康を求めるのであれば、バランスをとるというよりは喫煙を止めるのが賢明な選択であることは言うまでもありません。今回のコロナ禍への対応もこれと同様に、感染拡大期には感染防止に大きく舵を切る思い切った対策が望まれます。

医薬品の製造や品質管理の業務においては、“品質や生産性の向上とコストの削減”にトレードオフの関係性が見られることは周知のとおりです。例えば、錠剤などの異物検査を目視で行う場合においては、教育訓練された多くの検査員を投入し、短時間で交代させながら検査を行えば、検査精度が上がり品質は向上するがコストが上がります。また、打錠工程において、新鋭の高速高性能の打錠機を導入すれば、生産性が上がる一方で高額の購入コストが掛かり、減価償却にも時間を要し利益を圧迫します。また、現有の古い打錠機を継続使用し、二交代制などで目的の生産量を確保することを選択すると人件費が膨らむなど、判断に迷うとところです。同様に、試験検査業務においても、検体数が増加傾向になってきた場合など、大量の検体を高速で処理できる分析機器を新規購入するか、試験員を増やすか、或いは、現状の体制で残業増により対応するか、など迷うとこです。医薬品工場では日常、これに類似する事案が様々なところに見られます。
 

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