医薬品品質保証こぼれ話【第5回】

事例研究の限界

今年3月11日で東日本大震災から丸8年が経ちました。現在のほとんどの日本人が想定できなかった大規模な地震とそれに伴う大津波、原発事故、また、それらがもたらした甚大な被害。脳裏に焼付けられたあの津波の映像はあまりにも強烈で、つい最近の出来事のような錯覚さえ覚えます。地震学者は活断層の位置やプレートの動きなど、地球科学や地質学の知見に加え、過去に発生した大地震の事例を詳しく研究し、それら情報を合わせ、地震の多発地帯を指摘し、また、今後の地震発生の予知を行ってきました。

しかしながら、1995年の阪神淡路大震災、さらには2016年の熊本地震など、これまで一般には地震発生の可能性が議論されてこなかった地域、むしろ安全とさえ言われていた地域で大きな地震が発生する最近の状況を受けて、いつからか、“日本は何時どこで大きな地震が起きても不思議ではない(起きる可能性がある)”と、地震学者の論調も変化してきています。このことは、地震の予知に関し、過去の地震事例の研究に多くを頼るには限界があり、もっと多様で総合的な視点からの研究が必要であることを示唆しています。例えば、大地震直前の動物の行動の変化(異常行動)に着目し、そこに地震予知の可能性を見出そうとする研究者がおられるのも、その証と言えるでしょう。

医薬品品質保証という業務領域においても、自社他社を問わず、過去の様々な品質トラブルの事例を研究することは有意義であり、実際、これを再発防止に役立てられている企業は少なくないでしょう。ただ、ヒューマンエラーや品質トラブルと言われるものの発生原因は単純ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発生することを考慮すると、地震予知と同じように事例研究から得られる知見に基づく対策には限界があると考えられます。事例の多くが、背景や経緯が詳しく確認できない他社事例であることを考慮するとなおさらです。自社事例の場合は、必要に応じ、現場関係者からの聴き取り調査などによる詳しい原因究明が可能となりますが、事例数が限られるという問題があります。

研究対象となる事例は、上記のように自社事例と、回収報告などから得られる他社の事例に二分されますが、いずれの場合も、その原因究明を現場、すなわち、トラブルが発生した製造工程やミスを引き起こした当事者といった狭い範囲に着目して進めると、真の原因の究明は難しく、確たる再発防止策は期待できません。これらに加え、できる限り、背後にある様々な要因についても考察し総合的な見地から分析することが望まれます。

通常、事例研究は集めた情報を分類整理して一覧表などにし、それをベースに議論が進められますが、その中には、品質システムの運用状況や組織のコミュニケーションレベル、作業者の健康状態といった情報は含まれないため議論の対象になりません。しかし、こういった事項についても可能な範囲で情報を集め、参考情報として把握しておくと、より精度の高い原因究明が可能となり、的確な改善に繋げられるでしょう。他社事例の場合は、勿論、公示の回収情報からこの種の情報は得ることができませんが、様々な媒体からできるだけ多くの関連情報を集めるとともに、品質トラブルやヒューマンエラーに至った要因を、自社の類似の工程や製剤をイメージしながら考察を行うと有意義なものになるでしょう。

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