医薬品製造事業関連の知財戦略【第13回(最終回)】

29.特許対象技術とその意義
 職務発明の対価を巡り、2003-4年に非常に高額な発明補償金の支払いを求めた訴訟がありました。青色発光ダイオード(LED)の発明対価に関する訴訟で、発明者である中村修二氏(発明当時、日亜化学工業社員)が青色LEDによって多大な収益を挙げた日亜化学工業に対して発明者としての利益の分配を求めたものです。一方、青色LEDの最初の発明者は、赤崎勇氏(発明当時、名古屋大学教授)であり、1989年、作成に成功しました。この発明に係る特許のライセンス収入により、赤崎記念館が名古屋大学に建てられたほどです。当時の青色LEDの製造技術は歩留まりが悪く、大量生産には不向きでしたが、中村氏は半導体(青色LED)の結晶化条件を繰り返し検討し、大量生産に耐える条件を見いだしました。日亜化学工業は、その結果に基づいて1998年に製法特許を取得し、青色LEDの効率的な量産化を達成し、膨大な収益を挙げることになったものです。
 
 1998年当時、青色LEDを量産、販売している企業は世界で3社のみでしたが、これは、元々、青色LEDに係る研究の成否と特許の取得によるもので、日亜化学工業のそれは、青色LEDの生産技術に関する成果ということになります。また、その後にも、赤崎教授と共同研究を行った豊田合成も含め、青色LED関連技術に係る多数の特許が取得されています。
 
 上例は著名なケースとして紹介したものですが、開発過程あるいは事業化の過程で取得した様々な特許が事業上の競合の回避に貢献しています。製薬産業において事業上の競合が起きる主な時期としては、研究着手当初に新しい事業領域(例えば、新薬の有効成分となる化合物の母核)を探索、創出する過程(開発前期)で起きる競合(技術競合)、事業化に向けて医薬品開発、製剤化あるいは工業化を進める過程(開発中期)で起きる競合(開発競合)、医薬品として上市し、事業展開する過程(開発後期)で起きる競合(製品競合)などが考えられます(図6および図19を参照)。これらの各段階では、おのおのの段階に特有な課題を解決するための研究や検討が行われます。その成果のうち新しい技術は、製品(新薬)の製造、販売上不可欠な技術である場合が少なくなく、特許を取得することによって事業領域の独占性を確保するための有効なツールとなります。
 
 特許権が独占権として有効に機能するためには、侵害を検出でき、侵害していることを立証でき、かつ、技術的に迂回することが困難であることが必要です。そのためには、特許対象とする技術は、初期の基本技術だけでなく、製品に密接にリンクした技術であって、必要不可欠な技術についても取得しておく必要があると考えられます。特に、長い開発過程の間には技術上の改善や事業方針の変更は避けられませんから、事業化の過程で起きる競合から開発中の製品に係る技術を独占権としてカバーするためには、開発前期、中期、後期を通してその課程で創出された新技術について継続して特許を取得することが重要となります。また、そのためには、研究開発担当部門はもとより、製造担当部門、マーケティング担当部門、その他の事業部門と知財担当部門の連携によって知財戦略の構築が可能となります。
 
 さらに、事業上の競合に有効に対処するための方策は、技術レベル、薬事制度、市場、事業方針など事業環境に適合して知財戦略が遂行される必要であり、そのためにも、部門連携が不可欠です。
 
 開発初期に得られる物質(有効成分)、製法(有効成分の合成法)、用途(薬理作用)などに係る研究成果は技術競合のみならず、開発競合あるいは製品競合における知財戦略のツールとして有用です。開発中期に得られる特定の物質を医薬品として確立するための詳細な化学的成果(物質や製法の最適化、精製法、結晶化、異性体分離などに関わる技術)、薬学的成果(適用法、製剤化、薬理学的・生理学的解析結果、その他承認申請に必要な試験結果など)、工業化技術(経済的・大量合成法、安定化、その他医薬品としての商品化技術など)などの権利化は開発競合あるいは製品競合に有用です。また、臨床試験や製品化において得られる技術情報(ヒトにおける有効性・安全性に係る最適化、薬物相互作用、マーケットニーズを満たすための技術など)などの権利化は製品競合への対策のみならず、LCA(第9回を参照)による知財戦略のツールとして貴重です。最近では、新薬開発競争に加え、配合剤開発、効能追加、製剤改良などにより有用性の高い製品への改良が行われており、この観点からの知財戦略にとっても活用されています。
 
 製造段階における工業化や様々な製品改良に係る技術は、製品競合における有効な知財戦略を構築するための有効なツールとなるものと期待されます。

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