2018.01.28.SUN

そのほか

ジェネリック医薬品の四方山話【第9回】

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執筆者:武藤 正樹

ジェネリック医薬品の四方山話【第8回】

~まずADME(アドメ)を確かめよ!~

1 臨床医のジェネリック医薬品に対する誤解
 ジェネリック医薬品の普及に伴い最近では、臨床の専門学会でもジェネリック医薬品のセッションが盛んに行われるようになってきた。ただそうした学会で、いまだに臨床医から以下のような質問を受けることがある。「先発品とジェネリック医薬品の生物学的同等性試験の許容域を80%~125%としているが、これはいささか広すぎるのではないか?」「ジェネリック医薬品の治療効果が、先発医薬品の最大45 % の範囲内に収まっていればいいというのはジェネリック医薬品に対して基準が甘すぎるのではないか?」
 先日もこのような質問がある循環器病系の学会で出たので、以下のスライドを提示した。図1は抗不整脈薬のアミオダロンの先発品とジェネリック医薬品の健常人の血中濃度の推移である。先発品でもジェネリック医薬品でも、その血中濃度は被験者ごとに大きくばらついている。ただ個々の被験者ごとにそのバラつきを見ると実は低い。この大きな血中濃度のばらつきは被験者間の個体差に由来するものなのだ。

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 この血中濃度における差が、同一被験者間では少ないことの検証が、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)においても行われている。検証はPMDAが発足した2004年4月1日~2011年1月15日までに承認された経口製剤のジェネリック医薬品930件の生物学的同等性試験について行われた。ジェネリック医薬品と先発医薬品における血中濃度の平均的な差を比較するために、生物学的同等性試験の評価パラメーターであるCmax(最高血中濃度)及びAUCt(血中濃度曲線下面積)を用いて検証した。それぞれのパラメーターの差を先発医薬品に対する比で表して、930件の試験で平均すると、Cmaxについては4.6%、AUCtについては3.9%となり、ジェネリック医薬品と先発医薬品の同一被検者間の差はわずかという結果となった。

2 ADME(アドメ)とは?
 では80%~125%という広い許容域を設定している理由は何だろうか?先述したように、同一の被験者間での先発品とジェネリック医薬品の差はわずかである。あとは測定法の誤差も考えられる。ただ測定誤差もわずかだろう。では最も大きな差はやはり被験者間の個体差である。試験条件を厳密に整えてもこの個体差だけはどうにもならない。この個体差は別にジェネリック医薬品だからばらついている訳ではない。図1を見ても判るとおり、先発品でも同様にばらついているのだ。
 ではこの個体差はどこから生まれるのだろう。これが今回のテーマであるADME(アドメ)である。ヒトに経口で投与された薬物は、消化管から吸収されて循環血液中に入り、作用部位に到達し薬効を発現する。その間、生体内に分布し、肝臓などで分解(代謝)され、尿中に排泄され、生体内から消失する。このため薬物の作用部位における濃度は、次の4つの因子によって決まる。①吸収(Absorption),②分布(Distribution),③代謝(Metabolism),④排泄(Excretion)の4つである。この頭文字をとってADME(アドメ)と呼ぶ。
 ではそれぞれを見て行こう。まず薬物が経口で投与されると、消化管内で溶解しその薬物の吸収(A)が始まる。この吸収の過程に影響を与える因子も数多い。薬物と一緒に服用する水の量や食事との関係、胃内停留時間、薬剤により異なる小腸粘膜からの吸収様態など。
 さらに血液循環に入ってから、多くの薬物は血清アルブミンと可逆的に結合して運ばれる。一部は結合せず遊離型で運ばれる。細胞膜を透過できるのは遊離型である。このため低アルブミン血症の患者では遊離型が増加して作用や副作用が強く現れやすい。そして薬物の体内での分布(D)が始まる。分布する容積(分布容積)の大きさで血中濃度が異なる。とくに心不全などによる浮腫で分布容積が大きくなると血中濃度が上がりにくい。さらに小腸から吸収されて門脈を通って肝臓に運ばれた薬物は肝臓を1回通過する間に薬物代謝酵素(CYP)によって代謝(M)を受けて、血中薬物量が減少する。高齢者ではこうした肝臓の薬物代謝機能が落ちているので血中半減期が長くなり、有害作用が出現しやすい。そして薬物は最後に尿から排泄(E)される。排泄は糸球体ろ過、尿細管分泌、尿細管再吸収の3つのプロセスがある。高齢者では糸球体ろ過率や尿細管分泌能が低下しているので、薬剤の血中半減期が延長する。

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武藤 正樹

武藤 正樹

国際医療福祉大学大学院教授 医療経営管理分野責任者
1949年神奈川県川崎市生まれ。1974年新潟大学医学部卒業、1978年新潟大学大学院医科研究科修了後、国立横浜病院にて外科医師として勤務。同病院在籍中1986年~1988年までニューヨーク州立大学家庭医療学科に留学。1988年厚生省関東信越地方医務局指導課長。1990年国立療養所村松病院副院長。1994年国立医療・病院管理研究所医療政策研究部長。1995年国立長野病院副院長。2006年より国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉総合研究所長・同大学大学院教授、2013年4月より国際医療福祉大学大学院教授(医療経営管理分野責任者)
政府委員としては、医療計画見直し等検討会座長(厚労省2010年~2011年)、中医協入院医療等の調査評価分科会会長(厚労省2012年~)、ジェネリック医薬品品質情報検討会委員(厚労省2008年~)
著書に「ジェネリック医薬品の新たなロードマップ」医学通信社2016年、「2025年へのカウントダウン~地域医療構想と地域包括ケアはこうなる!」(医学通信社2015年)など。